「AIで仕事がなくなる」は本当か?元CMOが語る、AI時代に“マーケターの価値”が問われる3つの戦場

高性能な対話型AIによる文章生成、プロンプト一つで生まれる、息をのむような画像、そして、顧客一人ひとりの行動を予測するマーケティングオートメーション…。AIの進化は、もはや遠い未来のSFの世界ではなく、私たちの日常業務そのものを、静かに、しかし根本から作り変えようとしています。

この巨大な変化を前に、マーケターの間では二つの極端な意見が交わされています。 一つは、「いずれ、クリエイティブな仕事も含めて、我々の仕事はAIに奪われるだろう」という悲観論。 もう一つは、「AIはしょせん、ExcelやPhotoshopの延長線上にある、業務を効率化する便利なツールに過ぎない」という楽観論。

しかし、私の見方は、そのどちらとも異なります。

初めまして。グロース戦略パートナーのJapanConnectAdvisoryです。 私はこれまで、数千万ユーザーを抱える国内最大級のデジタルコンテンツ事業でCMOとしてマーケティングを率い、その後、日本を代表する巨大消費財メーカーでDX推進担当として、テクノロジーが巨大組織の経営をどう変えるかを最前線で見てきました。

その両極の経験から断言できるのは、AIは単なる「代替」や「効率化」のツールではない、ということです。AIは、マーケティングという機能そのものを、根底から「再構築」する、不可逆的な地殻変動なのです。

今日は、その地殻変動が起きている3つの主戦場を特定し、そこで我々マーケターの「本当の価値」がどう問われるのかを、より深く、具体的に解説します。

戦場1:『顧客理解』 – “群”から“個”への、解像度の革命

  • これまでのマーケティング: 私たちは、多大な時間と労力をかけて顧客を理解しようとしてきました。「20代、女性、都内在住」といったデモグラフィック情報や、アンケート結果を基に、顧客をいくつかの「群れ(セグメント)」に分類し、ペルソナを描く。しかし、完成したレポートは静的で、提出される頃には市場の状況は変化している、ということもしばしばでした。
  • AIがもたらす変化: AIは、日々蓄積される膨大なデータを、24時間365日、休むことなく学習し続けます。購買履歴、サイト内でのクリックの軌跡、SNSでの何気ないつぶやき…。それらを統合的に解析し、「この顧客は、3日後にこの商品を買う確率が85%です」「このセグメントの顧客は、価格よりも配送スピードを重視する傾向にあります」といった、生きて躍動する「個客」のインサイトを、リアルタイムで提供します。
  • マーケターに問われる、新しい価値: AIが「WHAT(何が起きているか)」を瞬時に教えてくれる時代、マーケターの価値は「WHY(なぜそうなっているのか)」という、より本質的な問いを立て、AIの分析結果に「人間的な洞察」を与えることにシフトします。 「なぜ、この顧客は一度カゴに入れた商品を、3日後に購入したのか?」その背景にある、給料日という生活サイクルや、週末にゆっくり買い物をしたいという心理を想像し、次のコミュニケーション仮説を立てる。AIが提示する相関関係の裏にある、因果関係や文化的背景を読み解く。我々は、AIを自在に駆使する、ビジネスにおける心理学者や文化人類学者になる必要があるのです。

戦場2:『クリエイティブ』 – “職人技”から“戦略的監修”への、役割の進化

  • これまでのマーケティング: キャンペーンの企画が決まると、クリエイティブチームが数週間かけて、経験と感性(職人技)を頼りに、数パターンの広告コピーやバナー画像を制作する。A/Bテストと言っても、試せるのはごく少数。その一回のクリエイティブに、大きな成果が託されていました。
  • AIがもたらす変化: 高性能な画像・文章生成AIは、ターゲット層、訴求したい感情、ブランドのトーンといった戦略的な指示を与えるだけで、何百もの広告コピー、バナー画像、動画のバリエーションを、わずか数分で生み出します。「アイデアを考え、形にする」というプロセスが、圧倒的に民主化・高速化されるのです。
  • マーケターに問われる、新しい価値: 「作る」という作業そのものがAIに代替される時代、マーケターの価値は、AIに対する「優れたアートディレクター」であり、「クリエイティブ戦略家」としての能力に集約されます。 ブランドの本質を深く理解し、AIに的確な指示(プロンプト)を与える力。生成された無数の選択肢の中から、戦略に合致する最も効果的な原石を見極める「審美眼」。そして、それらを高速で市場に投入し、データに基づいて成果を最大化する「テストのシステム」を設計・運用する能力。これからのマーケターは、最高のクリエイティブを一つ作る職人ではなく、百のクリエイティブを同時に走らせ、勝率を高める指揮官へと進化しなくてはなりません。

戦場3:『戦略立案』 – “経験と勘”から“予測とシミュレーション”への、思考の飛躍

  • これまでのマーケティング: 次期の予算配分やキャンペーンの意思決定は、過去の実績データや、マーケティング責任者の経験と勘に大きく依存していました。会議では、それぞれの立場からの「私はこう思う」という主観がぶつかり合い、最終的には声の大きい者や、役職が上の者の意見が通る、ということも少なくありませんでした。
  • AIがもたらす変化: AIは、過去の膨大なデータと市場のトレンドを分析し、「どのチャネルに、いくら予算を投下すれば、ROIが最も高くなるか」「この新商品を投入した場合、3ヶ月後の売上はどうなるか」といった未来の成果を、複数のシナリオで予測し、シミュレーションすることを可能にします。
  • マーケターに問われる、新しい価値: AIが最適な「戦術」を提案してくれる時代、マーケターの価値は、ビジネス全体の目的(KGI)を定義し、AIの提案を経営判断に繋げる「事業戦略家」としての能力です。 会議の場での会話は、こう変わります。「AIによるシミュレーションでは、シナリオAが短期的なROIは最高ですが、長期的なブランド価値を毀損するリスクが示唆されています。一方、シナリオBは…」。AIの予測を鵜呑みにするのではなく、その背景を理解し、自社の理念や長期ビジョンと照らし合わせ、最終的な意思決定を行う。CEOやCFOに対して、AIが提示したデータとシミュレーションを武器に、論理的かつ大胆な投資判断を促す。それこそが、これからのCMOの最も重要な役割となるのです。

結論:AIは、我々から「作業」を奪い、より高次元の「思考」を求める

お分かりいただけたでしょうか。AIは、マーケターから「仕事」を奪うのではありません。データ入力、レポート作成、クリエイティブの量産といった、時間のかかる「作業」から私たちを解放し、その代わりに、戦略を立て、本質的な問いを生み出し、未来を構想するという、より人間的で、より高次元の「思考」を、これまで以上に我々に求めてくるのです。

AIは、強力なエンジンです。しかし、行き先を知らないドライバーが運転すれば、そのエンジンはただの鉄の塊に過ぎません。これからのマーケターは、その強力なエンジンを乗りこなし、ビジネスを正しい未来へと導く、優れたドライバーになる必要があります。

問われているのは、変化に適応できるか否か。 次回以降の記事では、これらの各戦場で、具体的にどのようなスキルを磨き、アクションを起こすべきかを、さらに深掘りしていきます。

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